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2018/05/27 06:40 |
TS小説『ひな祭り(後編)』

 翌朝。桃山家に一日の始まりを告げたのは、次女弥生の怒号だった。
「三月ィーッ! アンタでしょ、人形隠したのは!」
 引き締まった美しい脚がドアを蹴破り、ズカズカと三月の部屋に踏み込んできた。
 だが部屋の主はまだ寝ぼけており、脅威が迫っていることを全く認識していなかった。
 ゴソゴソと布団の中に頭まで潜り、
「ん~……? もうちょっと寝かせてよぉ……」
 と、布団の中からくぐもった声で訴える。
 だが朝っぱらから怒り心頭な弥生に通じるわけもない。
「何よ、こんな時だけ女の子みたいなカワイイ声出しちゃって! いいからまずは起きなさいッ!」
「ああっ、やめてって……!」
 懇願も空しく、弥生は力ずくでガバッと布団を引っぺがした。
「さあ、とぼけても無駄…………え?」
 怒りに充ち満ちていた弥生の瞳が、一瞬で力を失って点になった。驚きを通り越して、何が起こったか分からないという顔だ。
 布団の下から姿を現したのは、紛うことなき女の子だった。
 髪は肩を通り越して背中、下手をすれば腰の近くまで伸びている。ほっそりした体に男物のパジャマはダボダボで、今にも胸元がはだけてしまいそうだ。そしてその胸も大きく膨らみ、パッと見にもクッキリとした谷間が確認できる。
「え? 何なのコレ? どういうこと? 何で三月のベッドに知らない女の子が寝てんの……?」
「ほえ? 何わけの分かんないことを……」
 弥生が狼狽していると、問題の張本人がようやくちゃんと目を覚ました。ゆっくりと体を起こし、半開きの目をこすってあくびをする。
「ふあ~あ……! どうしたの弥生姉ちゃん、こんな朝早くから」
「アンタ、もしかして……三月なの?」
「は? 何を寝ぼけたこと言ってんのさ。当たり前じゃない」
 相手がそう答えると、弥生はゴクリと唾を飲み込み、不意に手を伸ばした。
 グイッ!
「あだだ! 痛いよ姉ちゃん、急に引っ張らないで――って、アレ? 何でボクこんなに髪が長いんだ?」
 視界に被さる長髪を手ですくう。それは一本一本が細くサラサラで、つかんでいないとあっという間に手のひらからこぼれ落ちてしまう。
 ムギュッ!
「ひゃうんっ!? ちょ、どこ触って――って、うええ!? 何これ!? 何でボクの胸がこんな大きくなってんの!?」
 弥生が双丘を力一杯に揉むと、本人もその感触に驚いて手を添えた。
 ズルッ!
「ちょっと!? パンツ脱がさないで――でええええッ!? アソコが、アソコがなくなってる!?」
 反射的に股間を隠そうとした手が、勢いそのまま太ももに挟み込むように突っ込まれた。
「何コレ!? これってもしかして、ボク女になっちゃってる!?」
「うーん、にわかに信じがたいけど……そういうことみたいね」
「そういうことみたいね、って……! 姉ちゃん、ボクに何かしたの!? 女装させるだけじゃ飽きたらず!」
 三月は錯乱状態で弥生の両腕にしがみついた。下半身は裸、上半身もパジャマが肩からずり落ちて胸がかなり露出してしまっているが、そんなことに構っていられる状況ではない。
「バカ言うんじゃないわよ! いくらなんでも男を女に変えるなんてできるわけないでしょ?」
「あ……うん、そうだよね。さすがの姉ちゃんでも、それは、ね」
「そうよ! できるもんならとっくの昔にやってるわよ!」
「……(ガクッ)」
 力強く断言する姉に、三月は静かに肩を落とした。
「で、でも、それじゃ一体何が原因で……?」
「さあねぇ……あっ人形!」
「人形?」
 三月が呆けていると、弥生はドカドカ足音を鳴らして机の方に向かった。
「コレよ、今朝なくなったひな人形! やっぱりアンタが隠してたのね!」
「え……えええ!?」
 思わず振り返ると、机の上にひな人形が乗っていた。昨晩確かに川へ投げ捨てたはずの女びなの人形が。
「そんなバカな! 何でこんなところに!?」
「しらばっくれんじゃないわよ! 自分で隠したんでしょ? アンタ、私たちをお嫁に行かせない気!?」
「そんなんじゃないよ! この人形は確かに夜中、わざわざ川まで行って捨ててきたはずなのに……あ!」
 そこまで言って、ハッとしたように口を押さえる。だがそれは既に手遅れだった。人形を持ち上げようとした弥生の手がピタリと止まる。
「……三月ちゃ~ん? 今何て言った? 川に捨てたとか何とか……」
「ちょっ、ちょっと待って! 話せば分か――」
「問答無用!」
 三月が身を翻して逃げようとするが、弥生の手の方が速かった。三月の背後から両脇に手をねじ込み、たわわな胸を鷲づかみにする。
「ひぃっ!? やっ、やめて!」
「やめるもんですか! お仕置きよ! アタシの気が済むまで揉みしだいてやる!」
「いやお願いだから! ちょっとこれ、シャレに、ならないっ……!」
「ほれほれ! どうだ、感じるのか? 感じちゃうのか~っ!?」
「あっ、あっ、ああんっ!?」
 弥生は力任せでなく、絶妙に力加減を変えながら三月の胸をこねくり回す。三月は立て続けに押し寄せる刺激に為す術もなく、ただただアゴを仰け反らせて喘ぐしかない。
 全身に力が入らず、次第に頭の中まで真っ白になって――
「はああぁぁぁっ……!」
 ガクッ
 三月は天を仰いでいた首をガックリと前に倒し、そのまま動かなくなってしまった。
「あ、あら? もしかしてイっちゃった? 胸だけで……」
 未知の刺激は三月には強烈すぎたらしく、慣れない感覚に脳があっさりと白旗を揚げてしまった。



「そういうわけで、三月、女になっちゃったみたい」
 朝の食卓。弥生が淡々と説明する横で、三月は泣きそうな顔になって俯いていた。長女の雛乃、そして母桃子の興味津々な視線が突き刺さってくる。
 父親が単身赴任中の桃山家は、三月が女になったことで完全な女所帯と化していた。
「へぇ……ビックリだけど、確かに顔つきとか、元の三月ちゃんの名残があるわね。困った時の様子なんか特にそっくり」
「そうね。しかもますます可愛くなっちゃったし」
「そんなのん気な……」
 姉も母も、突然のことに驚いてはいるが、訝しむこともなくあっさりと事実を受け入れていた。あまりの理解の早さが、三月には逆に心配になる。
「と、とにかく! 原因を突き止めて、どうすれば元に戻れるか考えないと――」
「え~!? いいじゃないこのままで」
「そうよ、もったいない。せっかくこんな可愛いコになったのに」
「あのねぇ……!」
 弟が妹になったことを心配しないどころか、逆に肯定的に受け止めている姉たち。考えてみれば長年嬉々として三月に女装をさせてきた二人だから、むしろこの状況は歓迎すべきものなのだろう。
 確かに今の三月は、女装が似合う男子だった頃よりさらに美人度を増していた。ツヤのある真っ直ぐサラサラな黒髪と、透き通るような真っ白の肌。その色合いの対比はまるで日本人形を思わせる容姿だ。
 元々の大人しい性格もルックスにピッタリとマッチし、清楚な少女の雰囲気を存分に醸し出していた。
 だがもちろん、本人はそんなものを望んでなどいない。
「何考えてんのさ。こっちは急に性別が変わって一大事なんだよ!? 母さんも何か言ってやってよ」
「あらぁ、いいじゃない。私は嬉しいわ。母さんホントは女の子が欲しかったの」
 ズルッ!
「ひ、酷いよ母さん……!」
 生みの母にまで男の自分を否定され、三月はまたガックリとうなだれた。
「えー、何それ母さん。女の子が欲しかったって、アタシたちの立場は?」
 母の言葉に軽く口を尖らせる弥生。すると桃子は困ったように、若干苦笑いを浮かべて答えた。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと言い方がマズかったかしらね。母さんホントは女の子しか欲しくなかったの」
「それはもっと酷すぎるよ母さーんッ!!」
 トドメの一撃を食らい、三月の心は真っ暗な深海の淵まで沈められた。
「それにしても本当に、何が原因なのかしらね?」
「そうねぇ。ちゃんと把握しておかないと、また偶然元に戻っちゃう危険性もあるし」
「……」
 最早ツッコむ気力も失せる三月。どうやら姉たちの中では、このまま元に戻さないことは決定事項のようだ。
「そういえば三月、アンタおひな様を川に捨てたとか言ってたよね?」
「え? あ、ああ、うん。そうしたつもりだったんだけど……」
 昨晩、確かに三月はひな人形を川へ投げ捨てた。だが何故か翌朝、それは三月の部屋へと舞い戻っていた。
「ということは、やっぱり人形を粗末にしたバチが当たったんじゃないの」
「かもしれないわね。うちの人形は、母さんのおばあちゃんの代から伝わってきた古いものだから」
「だからってそんなこと……いや、ありえなくもないか……う~ん」
 捨てられたはずの川からワープしてきたくらいだから、それくらい考えられないことでもないのかもしれない。
 頭を抱えて唸る三月。と、ふと視線を上げると、
「あれっ、もうこんな時間!? ヤバい、遅刻しちゃう!」
 時計が目に入った途端、三月は慌てて立ち上がった。その拍子にまたパジャマが肩からずり落ちそうになり、反射的に上げる。
 そのまま自分の部屋へ戻ろうとしたが、二、三歩進んだところで後ろからグイッと襟首をつかまれた。
「うぐっ。何すんの雛乃姉ちゃん?」
「ダメよ三月ちゃん。その姿のまま学校へ行くつもり?」
「へ? ……あ」
 指摘されて、自分が女の体になっていることを思い出す。確かにこのまま登校するのは問題だ。
 大きな胸は何とかサラシでも巻いてごまかすにしても、学生服は間違いなくブカブカだろう。何より腰まで伸びた長い髪は、バッサリ切りでもしない限り隠しようがない。
「そっか、そうだね……とりあえず今日は学校休むとして――」
「大丈夫よ三月ちゃん」
 雛乃はそう言うと、そそくさと自室へ戻る。そして再び現れた時には、
「ハイ。ちゃんとコレを着ていけば大丈夫っ」
「そ、それは昨日の……」
 雛乃は女子用の制服を持ってきた。昨日のひな祭りで三月の女装に使われた、弥生のお下がりのブレザーとスカートである。
「今日まとめて片付けるつもりだったんだけど、ちょうど良かったわ」
「大事に使いなさいよ、アタシのなんだから」
「早速女子の格好で学校行くって、おかしいと思わないのかーッ!?」



 結局昨日の女装と同様、嫌がる三月を姉二人で無理やり着替えさせた。今回はご丁寧に女物の下着まで完璧に。
 強引に送り出された三月は、通学路から外れた脇道をトボトボ歩いていた。
「冗談じゃないよ、こんな格好でいきなり学校行ったら、クラス中が大騒ぎになっちゃうよ」
 遅刻寸前というのに重たい足取り。スカートを履かされた段階で、もうハナから学校へ行く気などなかった。
「うう~、スカートがスースーして気持ち悪いよ……胸は重いし、髪は引っ張られるようだし……」
 そのまま足の向くに任せて、あてもなく歩いていると。
「……ん?」
 通りの向こうから、息を切らして全力疾走する女の子の姿が見えた。髪が乱れるのもスカートがめくれるのもいとわず、ただただ前だけを見て走っている。
 その姿が徐々にこちらに向かって近づいてくると、三月はそれが見慣れた顔であることに気付いた。
「ゲッ、美々ちゃん!?」
 思わず声が裏返る。三月の彼女の春日美々が、一心不乱にこちらへ駆けてきた。
 咄嗟に逃げようとも思ったが、
(あ、いや、向こうはボクのこと分からないはずだし……)
 と気を取り直し、他人のふりをしてやり過ごそうとする。
 だが美々は止まらなかった。
「三月君ーッ!!」
「ぐはァッ!?」
 まさかの一撃だった。彼女は三月の顔を間近に確認するやいなや、間髪入れずに飛びついてきたのだ。急に全体重をかけられた三月は、美々もろともあっさりと後方へ倒れ込んだ。
「ごっ、ごめんなさい! 私、いてもたってもいられなくて、つい……」
「ああ、いや、いいんだけど……」
 ゆっくり体を起こし、美々の手を取る三月。美々は引っ張られて立ち上がると、まじまじと三月の姿を見つめた。
「弥生さんから、三月君が女の子になっちゃったって聞いて、慌てて走ってきたんだけど……」
「姉ちゃんめ、何で速攻でバラすんだよ……! っていうか美々ちゃんも、何でそんなこと真に受けるの……?」
 三月が女になったというのは一応事実に間違いない。だが普通の神経の持ち主であれば、まず頭から信じられるような話ではないだろう。
 だが美々は疑うことなく、大急ぎで恋人の一大事に駆けつけたのだった。
「でもまァ、聞いてるんなら話は早いよ。ひな人形のバチだか何だか知らないけど、ボクは……」
「素敵……!」
「は?」
 よくよく見ると、こちらを見つめる美々の目つきが変化していた。最初は驚きに目を丸くしていたのが、徐々に目の色が輝き始め、視線が熱を帯びていく。
「とっても可愛いよ、三月君! いやもう三月ちゃん! 女装してた時も良かったけど、ホンモノの女の子になったらより一層可愛い! もう女子の中にいても一番目を引くくらい!」
「……美々ちゃんまでもか」
 昨日の今日で、ある程度予想はついたことであったが、やはり美々も三月の変貌ぶりを絶賛してきた。それだけ誰の目から見ても抜群の容姿になったということなのだろうが、それは本人の気持ちとは何の関係もない。
「やっぱり、美々ちゃんもボクがずっと女のままの方がいいとか思うの?」
「え?」
「みんなそうだ。女装させられてた時から可愛い可愛いって、ボクの気持ちなんかお構いなしで……。いくらそんなこと言われたって、男のボクが嬉しいわけないじゃないか」
 三月は今にも涙がこぼれそうなのをこらえて、わなわなと小さく体を震わせていた。
「もしボクがこのまま元に戻らなかったら、美々ちゃんはどうするの? ボクのこと可愛いって言いながら、別の男と付き合――んむぅ!?」
 恋人の美々への厳しい口調。だが言葉は終わりを待たずして遮られた。
 三月の口が、美々の口によって塞がれてしまったから。
「――ぷはあっ! みっ、美々ちゃん……!」
 不意打ちで訪れた、女同士のキス。三月はほのかに甘い匂いにクラクラしながら、何とか前を見据えた。
「確かに男の子に向かって可愛いっていうのは褒め言葉じゃなかったかもしれない。それで嫌な思いをさせちゃったなら謝る。ごめんなさい」
 そう言って一度、深く頭を下げる美々。だが再び頭を上げると、その目は真剣な眼差しで三月を捉えた。
「でも、それは私の本当の気持ちなの! 昨日も言ったでしょ、からかってるんじゃなくてホントに可愛らしくて素敵だって! 好きな人のことを素敵だと思うのは、間違ってること?」
「あ……いや……」
「私は三月ちゃんが男に戻れなくたって、三月ちゃんを見捨てたりしないよ。男とか女とか関係ない、私は桃山三月という人が好きなの!」
「美々ちゃん……!」
 必死で引き締めていた涙腺が、途端に緩んだ。その引き金は先ほどまでの怒りや悔しさといった感情ではない。自分の一番好きな人が、純粋に自分を思ってくれることへの嬉しさだった。
 自然に、どちらからともなく顔が近づいていく。さっきは美々が勢い任せでしたキス。だが今度は――
「ハッ!」
 美々が閉じかけた目をパッと開き、慌てて時計を見る。
「ヤバいよ! もう遅刻しちゃう!」
「学校行く気あったのか、美々ちゃん……」
 最初からサボる気満々だった三月は、最早学校のことなどすっかり忘れてしまっていた。だが美々はそんな三月の手を取り、すぐさま駆け出した。
「さっ、行こ! 三月ちゃん!」
「わわっ、ちょっと待って!」
 女の体になった三月は、腕力も美々とほぼ対等になってしまっている。力ずくで引っ張られるのを簡単には止められない。
「ダメだよ美々ちゃん、こんな格好じゃ……!」
「その格好だからいいんじゃない。ちゃんと女子の制服着てるから、誰にも文句言われないよ!」
「いやそうじゃなくて、男だったボクがいきなり女になっちゃってるんだから……!」
「言ったでしょ、男とか女とか関係ないって! 三月ちゃんは三月ちゃん!」
 三月が何を言っても、美々の自信満々な表情が揺らぐことはない。それを見て、三月も途中から文句を言うのを諦めた。
 むしろ、これから何がどうなるか分からない中で、これほど心強いパートナーもいない。この先美々の尻に敷かれるであろう日々を想像して、三月は初めてちょっとだけ笑った。



 それから時は流れて、14年後――



「三月ちゃ~ん。ケーキ買ってきたよ~」
「ありがと、美々ちゃん。一緒に食べよっ」
 テーブルを挟んで、二人の女性が顔をほころばせる。
 桃山三月と春日美々。成長して社会人となった二人は、同じマンションで暮らしていた。
「今年もひな祭りかぁ。早いもんだね。中学のあの時を思い出すよ」
「ボクら今28歳だから……そっか、ちょうど14年ずつになったのか」
 14年ずつ。すなわち、三月が男として生きてきた中学二年までの14年と、それからの14年。
 あれから三月は流されるままに美々と同じ女子高校、同じ女子短大へ進み、すっかり女の世界に溶け込まされてしまった。男に戻る兆しが見えないどころか、むしろ年月を経るにつれてどんどん女らしさが身についていく。
 ついには短大卒業とともにOLとして就職までしてしまった。
「三月ちゃんは、やっぱり今でも男に戻りたい?」
「う~ん、もうとっくに取り返しのつかないところまで来ちゃってるからなぁ……。時々自分が男だったこと忘れちゃうくらいだし。むしろ今急に男に戻ったら、そっちの方が大変なことになりそう」
 三月が苦笑いしながらケーキを頬張る。
 いつの頃からか、三月はもう男に戻りたいという気持ちをなくしていた。それはこの14年間片時も離れず一緒にいた美々の存在ゆえだった。三月が元に戻れなくても見捨てることなく、新しい彼氏を作ることもなかった。二人の関係は、三月が男だった頃からずっと変わっていない。
「私たちももうアラサーだね。最近親にちょくちょく言われるよ、まだ結婚しないのかって」
「あ、あはは……ボクのせいで……。ゴメンね」
「んーん、ちっともゴメンじゃないよ。私は今のままで幸せだもん」
 美々はスッと立ち上がり、三月の側に体を寄せてきた。
「ひな人形を早く片付けないと結婚できなくなるって、ある意味本当だったのかな……? ボクたち同性になっちゃったから、どうやっても結婚できない……」
「カナダとか、外国に住むって手もあるよ?」
「いや、さすがにそこまでは……」
「うふふ。私、結婚なんてできなくてもいいの。私には三月ちゃんさえいればいいんだから」
「美々ちゃん……ボクもだよ。愛してる」
 自然と重なる唇。互いに食べていたケーキの匂いが混じり合い、そのキスはいつにも増して甘い味がした。



<むつき>
 ふい~っ。やっと完成したですよ!

63768640.jpg<シノブ>
 お疲れさん。





<むつき>
 この話、本当はひな祭りの日にまとめてアップしたいと思って準備してたんですけど……どうあがいても長くなってしまって、3月3日に全部載せるのは間に合わなくて。仕方ないんで3日は書き上がってる分だけ「前編」という形で出しまして、今日ようやく残りを出せました。

f8301cd5.jpg<シノブ>
 この調子で少しずつ、ブログとしての体裁を整えていきたいところだね。

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2010/03/06 21:38 | Comments(0) | TrackBack(0) | 自作TS小説
TS小説『ひな祭り(前編)』

 3月。冬の厳しい寒さも峠を越え、近づく春の足音を感じられる季節。
 だがそんな日和とは裏腹に、少年の心には寒風が吹き荒んでいた。
「ああ、とうとうまたこの日がやって来たのか……あの地獄の祭典が……!」
 中学2年生の桃山三月は、教室で頭を抱えたまま呻いていた。顔色は青く、ガチガチに歯を食い縛り、小刻みに体が震えている。
「み、三月君……? どうしたの、そんなこの世の終わりみたいな顔して」
「どうもこうもない! 来ちゃったんだよ、恐怖のイベント『ひな祭り』が!」
「はぁ……?」
 何気なく声をかけた一人の女子が、ポカンと口を広げる。
 三月の彼女でクラスメイトの春日美々。マイペースでほんわかした表情が可愛い、素朴な雰囲気の女の子だ。三月とは今年に入って付き合い始めたばかり。
「何でひな祭りが恐怖なの? 可愛い行事じゃない。それに三月君は男子なんだから、ひな祭りなんて関係ないんじゃないの?」
「それが大アリなんだよッ! もう生まれてから今まで、年に一回確実にトラウマを刻みつけられてきたんだから!
「トラウマ?」
 次々と飛び出す物騒な言葉に、美々がキョトンとする。
「あー、とてもじゃないけど今日は家に帰れない……ねえ美々ちゃん、何とか今日一緒にどっか行けない?」
「うーん、ごめんね。今日は先に約束が入っちゃってるから」
「そ、そう……」
 三月のすがるような眼差しも通じず、デートに誘うことはできなかった。



「はあ~、帰りたくない……」
 トボトボと重たい足取りで家路につく三月。腹の底から溜息を漏らし、ガックリと首を前に傾ける。だがそれでも寄り道で時間を潰すことなく、真っ直ぐ自宅へ向かう。
「姉ちゃんたち、逆らったら怖いからなぁ……」
 せめてデートという口実があればよかったが、その道も塞がれて逃げ場がない。
 三月はどんよりと曇った顔で自宅に帰り着いた。
「……ただいまぁ~……っと」
 息を潜めるようにこっそり家へ上がる。その動作はまるで、帰宅というより空き巣にでも入っているかのようだ。
 実際、家の中はシンと静まり返り、人の気配が感じられない。
「ホッ、姉ちゃんたちはまだ帰ってないのかな。それなら……」
 三月は心持ち明るい顔になり、小走りに自分の部屋へと向かう。そのまま自室に閉じ籠もり、何とか嵐をやり過ごそうという算段だ。
「あんな酷い目に遭うくらいなら、最悪今日はご飯抜きでもいい!」
 そのまま音もなくドアを開けて体を忍び込ませると、流れるような手つきでドアを閉めて施錠した。
「ふう~う、これで何とか――」
「「お帰りなさい」」
「ッ!?」
 ホッと一息ついた瞬間、背後から複数の声がした。それは三月が聞き慣れた、そして今最も聞きたくなかった声。
 三月は背筋に冷や汗を流しながら、恐る恐る振り返った。
「お帰りなさい、三月ちゃん。待ってたわよ」
「ちゃんと真っ直ぐ帰ってきたね? エラいエラい」
「……姉ちゃんたち……」
 並んで微笑む二人の少女。おっとり美人な女子大生・雛乃と、ボーイッシュで快活な女子高生・弥生。ともに三月の姉である。
「……まさか、僕の部屋で待ち構えていたとは……」
「アンタの考えることなんかお見通しよ。さあ観念してコレに着替えなさい!」
 弥生が実にウキウキした様子で紙袋を突き出してくる。それを見た途端、三月は怯えたようにブンブンと首を振った。
「嫌だよ! 僕もう中二だし、もうさすがに――」
「問答無用ッ!」
「ひゃあぁッ!?」
 三月が思わず逃げようとした瞬間、すかさず弥生の腕が体を絡め取った。そのままベッドに押し倒されると、長女の雛乃の手も加わって見る間に衣服が剥ぎ取られていく。
「いっ、嫌だぁ~ッ!!」


 十数分ほどして、桃山家の居間に三人の少女が集まった。一人は恥ずかしさで顔を真っ赤に染めて、そして二人はその姿を見てご満悦の表情で。
 部屋には大きな赤いひな壇がデンと場所を取り、立派なひな人形がズラリと並べられている。
「何で毎年、こんな格好しないといけないのさ……」
「仕方ないでしょ、ひな祭りは女の子のための行事なんだから」
「そうよ。男の子の三月ちゃんを除け者にするわけにはいかないから、女の子の格好をしてもらうのは仕方ないわ」
「そんな理屈あるかぁッ!」
 精一杯の声で怒鳴る“少女”。それは先ほどまで学生服を着ていたはずの三月少年だった。
 元々三月の容貌は中性的、もっと言えば女顔であった。くりくりとした瞳で上目使いに見られたら、一瞬ドキッとする男子は多い。体格も小柄で華奢でなで肩で、ちょっと大きめの女物の服なら難なく着こなせてしまう。
 そこへもってきて、今や中学制服のブレザーにスカートという出で立ちで、全く不自然なく女の子らしさを醸し出している。いくら叫んでみたところでその姿には迫力も凄みもなく、かえって必死な女の子のいじらしさが強調されてしまう始末だ。
 ちなみに制服は、同じ中学の卒業生である姉からのお下がりである。
「ハァ……何でいつも僕ばっかりこんな目に……。僕ひな祭りなんて参加したくないのに」
「な~に言ってんの。最初にブーたれたのはアンタでしょ? 『お姉ちゃんたちばっかりズルい』って」
 事の起こりは三月が小学一年生の時。物心ついたばかりの三月は、自分が除け者にされる“男子禁制”のイベントが不満だった。それを受けた姉二人は、あろうことか「じゃあ女の子になっちゃえばいいよ」と言い出し、三月にお下がりの服を着せて強制参加させてしまったのである。
「最初は嫌がるアンタに無理矢理女装させるのが楽しかったんだけど……最近はもうマジでヤバいわ、フツーにハマりすぎてて」
「ヤバいのは姉ちゃんの頭だろ……」
 背筋を丸めてうなだれる三月。だが表立って反抗する術はない。生まれた時からずっと姉たちに頭を押さえつけられて育ってきたため、未だに二人には頭が上がらないのだ。
 今となってはもう、姉たちは半分以上が弟の女装目当て。そんな暴走する二人を止める手立てが思い浮かばない。
(うう、何で世間にはひな祭りなんてモノが存在するんだろう……!)
 三月はやり場のない怒りをぶつけるように、鎮座するひな人形たちを睨み付けていた。
「あらあら、そんなふて腐れた顔しないで楽しみましょうよ。せっかくの可愛い顔が台無しよ?」
「可愛いなんて言われても嬉しくないんだよう!」
 雛乃が宥めるように優しく頭を撫でるが、三月の苛立ちは収まらない。
「だいたい、男の僕がこんなモノ楽しめるわけないでしょ!」
「ノリが悪いわねぇ。でも安心しなさい、この弥生お姉ちゃんがアンタのためにスペシャルゲストを呼んどいたから!」
「ゲストぉ……?」
 三月が露骨に訝しがる。すると、ちょうどタイミングを合わせたように玄関のチャイムが鳴った。
「おっ、来た来た! はいはーい!」
 軽い足取りで弥生が玄関へ向かう。
 そして「さあさあどうぞ」の声とともに連れてこられたのは――
「こ、こんにちは……三月君」
「ッ!? 美々ちゃん!?」
 三月の目がまん丸に見開かれた。
 姉たちの拍手に迎えられて登場したのは、三月の彼女の春日美々だった。
 その姿が視界に入った途端、三月は火を噴き出す勢いで顔を沸騰させた。ただでさえ恥ずかしいばかりの女装なのに、よりによって最も見られたくない相手に見られてしまったのだから。
「先約って……まさか、このことだったの……」
「ご、ゴメンね。騙すつもりはなかったの。ただ……」
「ただ?」
「三月君……とっっっても可愛いから! どうしても生で見てみたかったの!」
 興奮気味に話す彼女。よく見るとその手に一枚の写真が握られていた。
「コレって……あああ! 去年のヤツ! 何で美々ちゃんが持ってんの!?」
「アタシがあげたの」
 横からしれっと答える弥生。
 写真に写っているのは、ちょうど一年前のひな祭りの様子。今と変わらず満面の笑顔の姉二人に挟まれて、これまた今と同じく泣きそうな顔をしている三月。この年はブラウスとスカートという格好だった。
「最初は三月君だって分かんなかったくらい、凄く可愛かったから。それで弥生さんに『ウチのひな祭りに来ない?』って誘われて」
「……」
 三月は既に発する言葉を失っていた。羞恥心やら絶望感やらで頭がいっぱいになり、うまく言葉をまとめるような余裕はない。
「あっ、えっと、ホントに可愛らしくて素敵だよ? からかってるんじゃなくてホントに! その制服姿で学校に行っても、多分みんな三月君だって分からないんじゃないかな? 女子の中に入っても違和感なさそう!」
「あ、あはは、ありがと……何のフォローにもなってないけど……」
 美々が慌てて言い繕うほどに、三月の男の尊厳は大きく削り取られていく。だが本人に悪気があろうはずもなく、何より彼女に余計な気を遣わせていること自体が申し訳なく感じるため、三月もキツくは言い返せなかった。
 その後はテーブルのお菓子や飲み物を囲んでちょっとしたパーティーが行われた。和やかに談笑する女子三人を横目に、本来男である三月はアウェー感全開。終始引きつった笑顔で、何を食べても飲んでもまるで味がしなかった。



 その夜。家族全員が寝静まった夜更け、三月はそうっと居間に足を踏み入れた。
 夕方に悪夢の宴が開かれた場所。テーブルの飲食物は既に片付けられていたものの、祭りのシンボルたるひな人形だけはまだ堂々と飾られていた。恐らく明朝には姉たちの手で撤去されるであろう。
 そのひな壇の前に三月が立った。
「もう今度という今度は僕も怒ったぞ。女装させられるだけでも嫌なのに、よりによって美々ちゃんに見られるなんて……!」
 並んだ人形の中から乱暴に一体をつかみ取ると、そのまま玄関から外へ飛び出す。
 まだ肌寒い夜道をしゃにむに駆けると、やがて町外れの大きな川が見えてきた。
「この辺でいいや。ていっ!」
 三月は河原から水面に向かっておひな様の人形を放り投げた。ボチャンという音を立て、人形が川の中へ沈んでいく。
「フンッ、いい気味だ。これで明日は……」
 姉たちの困る顔を思い浮かべてほくそ笑む。
 ひな人形はすぐ片付けないと結婚が遅れると言われる。そうでなくとも、大事な人形がなくなれば姉たちが困るのは明らかだ。何せ長女雛乃の誕生以来二十年近く続いてきた行事なのだから。
 面と向かって反抗できない末っ子のささやかな報復であった。
「僕は悪くない。そもそもひな祭りなんて行事があるからこんな目に遭うんだ」
 だが、こんな小さな行動がもっと大きな災厄を呼び込むことになろうとは、当の三月には知る由もなかった。

(つづく)

 


2010/03/03 23:57 | Comments(0) | TrackBack(0) | 自作TS小説
TS小説『モテモテになりたい』

「あー……またひとつ、俺の恋が終わった……」
「いつもいつも、ご苦労さんだねェ」
 だいぶ日も傾いた放課後の帰り道を、二人の高校生が並んで歩いていた。一人はガックリと肩を落としてしょげ返り、その様子をもう一人がニヤニヤしながら眺めている。
 二年生に進級したばかりの4月。恋多き少年・岡本良男は、早速クラス替えで新しく一緒になった少女に一目惚れした。だが一瞬で惚れた相手には、フラれるのも一瞬だった。
「『友達でいましょう』だって? 良かったな、ストレートに迷惑だって言われなくて」
「うるせェよ! テメエ人の心の傷口に塩塗り込んで、そんなに楽しいか?」
 傍らで楽しそうにせせら笑うのは、悪友の片岡達也。高校入学以来、良男の幾多の玉砕ぶりを最も間近で見てきた男である。
「そもそも何でわざわざ勝ち目のない戦いをするのか、俺にはお前の感覚がよく分からんね。自分がモテないのは去年で十分自覚したろ? もうちょっと俺みたいに身の程わきまえて、違うことにエネルギー使った方がいいんでないの?」
「お前に俺の情熱が分かってたまるか。~ッ、ちきしょう! どうにかしてモテてェーッ!」
 良男の腹から出した怒声が、狭い住宅街にこだまする。青春の叫び、またの名を近所迷惑とも言う。
「……ン? 何だあれ?」
 ふと、良男が視界の片隅に見慣れないものを発見した。
 マンションの日陰にひっそりたたずむ、古ぼけた木造の建物。看板には『任神堂』の文字が見える。
「この道は何度も通ってるけど、あんな店あったっけ?」
「さぁ、記憶にないな。でもいかにも胡散臭そうだし、別にどうでも……」
「何か気になる。行ってみよう」
「えっ? おいおい」
 何か惹かれるものがあったのか、良男は誘い込まれるように入り口のドアを開けた。達也も慌ててついていく。
「うおっ、何じゃこりゃ……?」
 一歩足を踏み入れるなり、二人は思わず目を丸くした。十畳分ほどのスペースの中にいくつも棚が置かれ、置物やら衣服やら本やら、あらゆるジャンルのものが無造作に並べられていた。
「外も外だけど、中はさらに怪しさ抜群だな。何の店だよここ?」
「あっ、いらっしゃいませ!」
 二人してキョロキョロと店内を見回していると、奥の方から声が飛んできた。見ればこぢんまりとしたカウンターに、店員と思しきエプロン姿の女性がいた。
「お待ちしてましたよ岡本さん! ちょうど貴方にピッタリの商品があるんです!」
「は? いやあの、何で俺の名前を知ってんだ……?」
「どうですこちら、『飲むだけで必ずモテモテになる薬』! お値段五千円!」
「買った!」
 良男は超速反射でポケットから財布を取り出していた。
「待て待て待て待て! 何考えてんだお前? こんなあからさまにインチキ臭いモン買ってどうすんだよ」
「だって『必ずモテモテ』って言ってんだぞ! 『必ず』だぞ!」
「…………」
 止めに入ろうとした達也だったが、良男の本気の目を見てすぐに説得を諦めた。ここまでモテることに必死になっているのなら、最早好きにさせるしかない。どうせ損をするのは本人だけなのだから。
 店員のお姉さんは良男の意志を確認すると、すぐにたくさんの小瓶が入ったケースを持ってきた。
「それじゃあ早速調合に入りますね~。ちなみに岡本さん、理想の女性のタイプとかあります?」
「え、えっとねぇ、そうだなぁ――」
「巨乳でロング黒髪ストレート、性格は優しくて大人しめな感じでひとつ」
「何でテメエが言うんだ!?」
 良男がいろいろ考えているうちに、達也が勝手に口を挟んできた。
「訊かれてるのは俺だぞ! テメエの好みなんかどうだっていいわ!」
「いいじゃないか別に。お前だって、今までの告白相手の傾向からすると大体そんな感じじゃねーの?」
「あ、まぁ、確かにそうだけど……」
 途端に口ごもる良男。やはり友人、妙なところで気が合うものである。
 そうこうしているうちに女性は数種の液体を混ぜ合わせ、一本の小瓶にまとめて栓をした。
「は~い、できましたよ。このまま容器の中で半日ちょっと熟成させれば完成ですから」
「ありがとうございまーっす!」
「……まァそれでお前の気が済むなら、俺は何も言うまい……」
 ルンルン気分の良男を遠い目で見ながら、そんなことを呟く達也であった。



 明けて翌朝。達也がいつものように通学路を歩いていると、向こうから軽やかなステップでやって来る影があった。
「おーっす達也! 元気かい!?」
「……どうしたお前、朝っぱらから?」
「どうよ、今日の俺? 何か変わったところないか?」
「は? あー、別に何も変わってねぇよ。うん、いつも通りに変なだけだ」
 朝からハイテンションな良男を見て、達也は半眼で嘆息する。
「どうしたってんだよ一体? 何つーか頭大丈夫か? まァ今に始まった話でもないけどよ」
「今朝あの薬を飲んできたんだけどさ、何か凄く調子がいいんだ! 何か肌がつやつやになってきたし、体も軽くなったような感じがするんだ! 何か効いてるような気がするぞこれは!」
「軽くなったのはお前の脳味噌じゃないのか?」
 達也は呆れ顔で良男の期待感を一蹴する。
 と、その時だった。
「うっ……!?」
 浮かれ調子だった良男が、突然うめき声を発した。体勢を保てなくなり、思わず地面に手をついてうずくまる。
「? おい、どうした?」
「か、体が急に熱……うぐっ!?」
 良男の体が弾かれたように後ろへ伸びる。そして反らした良男の胸が、ブレザーの下からでもハッキリ分かるほど盛り上がってきた。同時に背も肩幅もグングン縮んでいく。
 刈り上げの頭からは溢れ出すように髪が伸び、あっという間に肩を通り越して背中あたりにまで達した。
 異変が全て収まった時、そこにはもう冴えない男子の姿はなかった。
「な、な……何じゃこりゃぁーっ!?」
 道路の端から端まで突き抜けるような悲鳴は、元の良男の声より優に1オクターブは高くなっていた。
「んなっ……おい! ここじゃ目立つ! とりあえず移動するぞ!」
「う、うん……」
 達也が咄嗟に良男の腕を掴む。その手も既に指先までほっそりとしており、下手に力を入れれば折れてしまいそうなほどだった。



 人目を避けながら路地を抜け、近くの公園へと駆け込んだ二人。
 良男がどっかとベンチに背を預けると、サラサラの長い黒髪も従うように後ろへ流れた。
 軽く呼吸を整えたところで、落ち着いて自分の体を見下ろしてみると……。
「お、俺の体に……胸が」
 目の前に堂々と突き出した、豊かで形の良い胸。ブカブカのブレザーを脱いでシャツ姿になると、その大きさは最早ごまかしがきかないレベルだった。
「これってホンモノなのか?」
「えっ? あっ、ひゃっ!? おい、やめろって……!」
 不意に達也の手が胸元に伸び、その大きな二つの膨らみを鷲づかみにした。手のひらでこねくり回すと、胸もその動きに応じて柔軟に形を変える。
「あっ、あっ、ンッ……!」
 絶妙な力加減で刺激され、良男は思わず顔を仰け反らせて声を漏らした。だがさすがに恐怖心が先に立ち、すぐに我に返る。
「やめろっつってんだろーが!」
「あっ、もうちょっと……」
「うるさい!」
 乱暴に手を払いのけると、慌てて胸を両腕で隠すように抱えた。
「何考えてんだよ! 勝手に触るんじゃねェ!」
「ンなこと言ったって、気になるだろ。目の前でこんな異変を見せつけられたら」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
 良男はモジモジしながら、何とはなしに髪の毛を指先でいじくった。
 生まれてこの方、髪型になどこだわったことのない良男。こんな背中や胸元まで届くほど長い髪は、もちろん初めてだ。それも綺麗なサラサラのストレート。
「うーん……見る限り、女にしか見えないな。ってことは、下はどうなってんだ?」
「しっ、下……?」
 良男の手が恐る恐るズボンの中へ突っ込まれる。だがどんなにまさぐってみても、そこにあるべき男の感触は得られなかった。
「…………!」
「どうした、ないのか? どれ見せてみ――」
「いい加減にしろッ!」
 達也がズボンに手をかけると同時に、良男が上から拳を振り下ろした。
「あだッ! あーすまん、つい気になって……」
「ついで済むか! こっちは大変だってのに!」
 ズボンをずり上げる良男。だがさっきまでと比べてウエストがゆるゆるになってしまっており、ベルトをきつく締めないと腰の下まで落ちてしまいそうだ。
「でも、俺一体どうしちまったんだ? 何だってこんなことに……」
「そりゃお前、どう考えたって昨日の怪しい薬のせいだろ。あれ以外に何が考えられるってんだ。……でもまさか、『モテモテになる』っていうのがこういう意味だったとはねぇ」
 達也が改めて良男の全身を眺める。その姿はまさしく、昨日達也が理想の女性のタイプとして答えた「巨乳でロング黒髪ストレート」にピタリ一致している。いや、達也でなくとも、この容姿なら確実に多くの男が心を奪われるだろう。『モテモテになる』との言葉に偽りはない。
 見れば見るほど達也の顔も赤みを増し、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
「くっ、ちきしょうこうしちゃいられねェ! 行くぞ達也!」
「い、行くってどこへだ? 学校か?」
「こんな格好で学校なんか行けるわけねェだろ! 昨日の店に怒鳴り込みに行くんだよ!」
 良男は顔をしかめてベンチから立ち上がると、勢いそのまま道路へ向かって駆け出そうとする。
 だが。
「待った!」
「え」
 反射的に達也も立ち上がると、先を急ごうとする良男の腕を引っ張った。
「元に戻ろうってのか。ダメだ」
「ダメって、何でだよ! ふざけんな離せ!」
 構わず振り切ろうとするが、女の腕力では達也の本気の抵抗に勝てない。
 そんな必死で暴れる美少女に対して達也は、
「頼む良男、俺の彼女になってくれ!」
 と力強く言い切った。
 そのふざけ半分でない真剣な眼差しに、良男は途端に顔を沸騰させる。
「なっ、ななななな……何考えてんだお前は!?」
「俺、今ならお前の気持ち分かるぜ。たとえ勝ち目がなかろうと、恥をかこうと、好きになった女を何としても手に入れたい気持ち……!」
「おい、正気か? 俺は男だぞ、知ってるだろ?」
「仕方ねェだろ、たった今ひと目で惚れちまったんだから! 悪いがもうお前を男友達とは見れねェ! 好きなんだ!」
「す、好き…………?」
 その言葉が耳に入るや否や、良男の脳が激しく揺さぶられた。
 今まで相手に言うばかりで、一度も言われたことのない好意の言葉。しかも自分を最もよく知るはずの友人から、しかも女になったばかりで情緒不安定になっている状態で。
 それは良男の胸の奥に魔法のように染み渡り、正常な判断能力を根こそぎ奪っていった。
「達也……」
 気がつけば、良男はすっかり達也の腕の中に身を預けていた。二人は学校に遅刻することも忘れて、しばし静寂の時に浸った。



 あれから一週間。
「あ~、何だってこう、このクラスは鬱陶しいヤツらばっかなんだ……!」
 良男は群がる男子たちを必死で避けていた。
 冴えない男が突然とびきりの美少女になったことで、クラスは騒然。特に男子たちは飽きもせずに休み時間ごとに集まってきた。
「岡本ぉ、頼むから一発ヤらせてくれよ。お前も元男なら、俺らの気持ち分かるだろ?」
「何を勝手なこと言ってやがんだ!」
「じゃあせめてオッパイだけでも揉ませてくれ! お願いだ!」
「ふざけんな!」
 次々と伸びてくる魔の手を、しっしっと邪険に払いのける。
(はあぁ……。何で俺がずっとモテなかったか、今なら分かるわ。こんな欲望に満ちた目で見られたら誰だって嫌になる)
 だが皮肉にも、せっかく得た教訓を活かす場面はもう来ない。
 あれから落ち着いたところで例の店に行ってみたのだが、そこはもう建物ごと跡形もなくなっていた。最早元の男に戻る方法は全く分からない。仕方なく、今は女子生徒として通学しながら手がかりを探す日々である。
「とにかく! 冗談じゃねェ、誰が男になんか触らせるか! 気持ち悪い!」
 そう言いながら、良男はその胸の奥が微かに熱くなるのを感じた。
 女になった直後、達也に揉まれたあの日の感触が蘇る。
「相変わらず騒がしいな、お前らは」
「たっ、達也!?」
 脳裏に浮かんだ顔が突然目の前に現れて、良男は思わず声を裏返した。
 達也はひょうひょうとした顔で男たちの群れに割り込むと、良男を背にして立ち塞がる。
「あんまりコイツを追い詰めるんじゃねーよ。ただでさえ原因不明の病気で性別が変わっちまって、情緒不安定になってんだから」
「達也……!」
 良男の顔がにわかに紅潮してきた。
 学校をはじめ対外的には、良男の性転換は『原因不明の病気』ということにしてある。まさか『モテモテになる薬を飲みました』などとは口が裂けても言えるわけがない。
 そんなこんなのうちに、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。
「ほれ、さっさと席についた」
「チェッ。片岡はいいよな、『男時代からの親友』って美味しいポジションにいてよぉ」
「グダグダ言ってんじゃねぇっつの」
 達也が大きく腕を振って払うと、男子たちは不承不承席についていった。
「あ、ありがとう、達也」
 良男はホッと息をついた。達也の背中がやけに大きく見えるのは、自分の背丈が縮んだせいばかりではない。良男の中で、既に達也は他の男子とは全く違う存在に見えていた。
「いいよ別に。お前ももう少し堂々としてろよ。隙だらけだから狙われるんだよ」
 そう言い捨てて、達也も自分の席に戻ろうとする。良男はその脇にそっとすり寄ると、耳元で小さくささやいた。
「その隙を最初に突いたのは誰だっけ?」
「……!」
 達也があからさまに動揺するのを尻目に、良男はさっさと席に座った。その顔は元男の面影を感じさせない、恋する少女のそれであった。


終わり



<むつき>
 ふい~っ、やっと更新できました……。

9cebbdd5.jpg<シノブ>
 前にも増して時間かかったね。早くも飽きちゃったのかと思ってた。




<むつき>
 いやぁ、小説をアップしようと思って書いていたんですけども……。忙しくてなかなか手をつけらなかったのも大きいけど、それ以上にSS(ショートストーリー)というものに悪戦苦闘でした。書いてるとどうしてもダラダラ長くなってしまって、短くテンポよく終わらせるのが大変。

fde25c4a.jpg<シノブ>
 まァその辺は慣れるしかないでしょうね。そんな最初から凄いのなんて無理でしょ。




<むつき>
 とりあえず一発目ってことで、なるべくオーソドックスな話にしてみました。考えてるネタはいろいろあるんで、またこれから少しずつ上げていけたらいいなと思います。

fde25c4a.jpg<シノブ>
 何でもいいけど、次の更新は早めにしてね。


2010/02/24 23:43 | Comments(0) | TrackBack(0) | 自作TS小説

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